世界中で激化する標準必須特許(SEP)の主要訴訟を時系列でまとめました(「知財の栞」調べ)。重要度は「知財の栞」の主観による5段階評価です。通信技術から自動車、IoT、そして最新の2026年の判決まで、SEPを巡るパラダイムシフトを一気に見通すことができます。
1. Microsoft (原告) v. Motorola (被告) (2013年4月)
- 訴訟地: アメリカ(ワシントン州西部連邦地方裁判所)
- 結論: 裁判所が、SEP(RAND誓約)について、具体的なロイヤリティ料率(レンジ)を詳細に算定した代表的事件
- 概要: Motorolaは、H.264(動画)およびIEEE 802.11(Wi-Fi)規格に関するSEPについて、製品価格の2.25%という高額なライセンス料をMicrosoftに要求した。Microsoftは、これが標準化団体(SSO)に対する「RAND条件でライセンスする」という契約上の誓約に反するとして、契約違反(breach of contract)を主張。Robart判事は、従来の特許料算定基準である「ジョージア・パシフィック要因」をSEP・RAND誓約の文脈に合わせて修正し、Motorolaの要求額の数百分の一に相当する、セント/台ベースaaのRAND料率(レンジ)を算定した。
- 意義・ポイント: 「RAND(いわゆるFRAND)とは具体的にいくらか」という問いに対し、司法が体系的な算定手法で答えを示した画期的事件。技術そのものの価値と、標準に採用されたことによる「ロックイン価値(hold-up価値)」を分離して評価すべきという考え方を明確にした。
- 重要度: ★★★★★
2. In re Innovatio IP Ventures (原告) v. Cisco, Netgear他 (被告) (2013年9月)
- 訴訟地: アメリカ(イリノイ州北部連邦地方裁判所)
- 結論: Wi-Fi関連SEPのロイヤリティ算定において、最終製品価格ではなく、技術が実装されている部品(Wi-Fiチップ等)に近い価格水準を基礎とするのが相当と判断
- 概要: PAE(特許主張主体)であるInnovatioが、Wi-Fiを利用するエンドユーザー(ホテル等)を大量に提訴。裁判所は、SEPの価値は最終製品全体ではなく、当該技術の寄与部分に即して評価すべきであり、過度なEMV(Entire Market Value:総市場価値)の適用を否定した。
- 意義・ポイント: SEPにおけるロイヤリティ算定で、部品ベース・寄与度重視の考え方(SSPPU:Smallest Saleable Patent-Practicing Unit)を明確にした初期の重要例。royalty stacking(ライセンス料の積み上げ)回避の文脈でも頻繁に引用される。
- 重要度: ★★★★☆
3. Huawei (原告) v. InterDigital (IDC) (被告) (2013年10月)
- 訴訟地: 中国(広東省高級人民法院)
- 結論: IDCの提示したライセンス条件を非FRANDと認定し、中国国内売り上げに対するSEPロイヤリティについて0.019%を上限(cap)とする料率を決定。あわせて独占禁止法違反による損害賠償を命じた
- 概要: 2G/3G規格のSEPを保有するIDCが、Huaweiに対し、AppleやSamsungに提示した条件よりも厳しい条件でライセンスを要求。中国裁判所は、IDCが市場支配的地位を濫用し、差別的条件・過大対価(Excessive Pricing)・抱き合わせ等を通じてFRAND義務に違反したと判断した。
- 意義・ポイント: 中国裁判所がSEP紛争において独占禁止法を正面から適用し、FRAND料率を自ら確定した初の国際的注目事件。中国がSEP交渉・訴訟の重要フォーラムとして台頭する契機となった。
- 重要度: ★★★★☆
4. Samsung v. Apple (知財高裁大合議) (2014年5月)
- 訴訟地: 日本(知的財産高等裁判所・大合議)
- 結論: FRAND宣言がされたSEPについて、誠実にライセンスを受ける意思を示す実施者(willing licensee)に対する差止請求は、原則として権利濫用となり許されない。損害賠償についても、FRAND相当額を超える部分は権利濫用となる
- 概要: Samsungが保有するUMTS(3G)規格SEPについて、Apple Japan製品が侵害しているとして差止等を求めた事件。知財高裁は、FRAND宣言により実施者の「FRANDライセンスを受けられるという合理的信頼」は保護されるべきであり、誠実実施者に対する差止は許されないと判断した。
- 意義・ポイント: 日本におけるSEP実務の基本判例。以後、日本では「SEPによる差止は極めて困難」という実務的通説が定着した。
- 重要度: ★★★★★
5. 欧州委員会(EC) Motorola – Enforcement of GPRS SEP(2014年4月)
- 対象: Motorola
- 判断主体: 欧州委員会(行政処分)
- 結論: FRAND条件でのライセンスを受ける意思を示している実施者(Apple)に対し、GPRS規格SEPに基づく差止を求めた行為は、EU競争法102条(市場支配的地位の濫用)に違反すると判断
- 概要: Motorolaが、GPRS規格SEPを根拠にドイツでApple製品の販売差止を求めた行為につき、特定事情下では差止請求自体が競争法違反となり得ることを示した。
- 意義・ポイント: 欧州において、SEPの権利行使(特に差止請求)が競争法によって強く規律され得ることを明確にした象徴的決定。
- 重要度: ★★★★☆
6. Ericsson (原告) v. D-Link (被告) (2014年12月)
- 訴訟地: アメリカ(連邦巡回区控訴裁判所:CAFC)
- 結論: SEPの損害賠償算定において、ジョージア・パシフィック要因を機械的に適用することを否定。陪審に対しては、標準化による価値膨張(hold-up)を排除し、特許技術の増分価値(incremental value)に基づく判断を行うよう教示すべきとした
- 概要: Wi-Fi規格のSEPを巡る訴訟。一審の陪審員評決に対し、SEP特有の事情(標準採用による価値)を考慮していないとして差し戻した。
- 意義・ポイント: 米国控訴裁レベルで、「SEPにおける価値算定の特殊性」と陪審教示の在り方を初めて明確化。特許技術そのものの貢献度を厳密に見るべきとした。
- 重要度: ★★★★☆
7. Huawei (原告) v. ZTE (被告) (2015年7月)
- 訴訟地: 欧州(欧州連合司法裁判所:CJEU)
- 結論: SEP権利者が差止を求めるために踏むべき手順、および実施者が差止を回避するために取るべき行動を、具体的な「誠実交渉プロセス」として定義
- 概要: ドイツで争われていた訴訟に対し、欧州最高裁が指針を示した。
- 権利者が侵害を通知
- 実施者がライセンス受諾の意思を表明
- 権利者がFRAND条件の具体的提案(料率根拠含む)を提示
- 実施者が拒否する場合は遅滞なく具体的な対案を提示し、担保を提供
- 意義・ポイント: 世界で最も引用されるSEP判例。「誠実か不誠実か」という抽象的な議論を具体的なプロセスに落とし込み、「Huawei v. ZTEステップ」として現代のグローバル交渉実務のデファクトスタンダードとなった。
- 重要度: ★★★★★
8. Huawei (原告) v. Samsung (被告) (2018年1月・一審判決)
- 訴訟地: 中国(深圳市中級人民法院)
- 結論: Samsungが不誠実な交渉(ホールドアウト)を行ったと認定し、中国国内における4G SEP侵害に基づく販売差止を認容
- 概要: 中韓を代表する巨頭同士のクロスライセンスを巡る争い。中国裁判所は両社の交渉経緯を詳細に分析し、HuaweiはFRAND義務を履行した一方、Samsungは遅延・不十分な対案提示により不誠実(unwilling)であると判断した。
- 意義・ポイント: それまで「中国は実施者寄り(安値・差し止め否定)」と見られがちであったが、不誠実な実施者に対しては強力な差し止めを認める姿勢を明確にし、中国がSEP交渉上で極めて重要なフォーラムであることを世界に印象づけた。
- 重要度: ★★★★☆
9. TCL (原告) v. Ericsson (被告) (2017年12月)
- 訴訟地: アメリカ(カリフォルニア州中央連邦地方裁判所)
- 結論: トップダウン方式と比較ライセンス分析を用い、Ericssonの2G/3G/4G SEPについて世界FRAND料率を算定
- 概要: 料率の決め方として、①標準全体のライセンス料の上限(Aggregate Royalty)を決め、②その中で各社が持つ必須特許の割合(Share)で案分する「トップダウン方式」を詳細に実演した。なお、2019年にCAFC(連邦巡回区控訴裁判所)により、過去分精算(release payment)の性質が陪審審理権を侵害しているとして一審判断が破棄・差戻しとなった。
- 意義・ポイント: 最終確定判例ではないものの、数万件の特許がある中で「ポートフォリオ全体の割合」で価格を決める算定手法の論理的・数学的な精緻さを示した事例として、実務への影響は非常に大きい。
- 重要度: ★★★★☆
10. Unwired Planet (原告) v. Huawei (被告) (2020年8月)
- 訴訟地: イギリス(最高裁判所)
- 結論: 英国の裁判所は、英国特許侵害訴訟を起点として、ETSI(欧州電気通信標準化協会)のFRAND契約に基づくグローバルライセンス条件(料率・条項)を決定する管轄権を有する。実施者がこれを拒否すれば、英国での差止を命じ得る
- 概要: 英国最高裁は「FRANDライセンスは実務上グローバルに締結されるものであり、国ごとに料率を決めるのは非効率。英国特許の侵害を止めたければ、世界基準の契約を飲め」という論理を展開した。
- 意義・ポイント: 英国を一躍「SEP紛争における最高峰のフォーラム(グローバル・リングマスター)」に変貌させた歴史的判決。権利者は英国で勝てば全世界の料率を一括確定できるため、訴訟の主戦場が英国へ移る最大のきっかけとなった。
- 重要度: ★★★★★
11. Sisvel (原告) v. Haier (被告) (2020年5月)
- 訴訟地: ドイツ(連邦通常裁判所:BGH)
- 結論: 実施者は、単なる交渉意思表明では足りず、無条件にFRANDでライセンスを受ける意思を明確かつ継続的に示す(Willingness)必要があると判示
- 概要: ドイツ最高裁による判断。Haierの交渉遅延や引き延ばしを「不誠実」とみなし、下級審の差し止めを支持した。
- 意義・ポイント: 先述の「Huawei v. ZTE基準」における実施者側の要件をさらに「権利者寄り」に厳格化。ドイツを再び「差し止めが得やすい国(Pro-patentee)」へと回帰させ、実施者に迅速な対応を義務付けた。
- 重要度: ★★★★★
12. FTC (連邦取引委員会) (原告) v. Qualcomm (被告) (2020年8月)
- 訴訟地: アメリカ(第9巡回区連邦控訴裁判所)
- 結論: Qualcommが競合チップメーカーへのライセンスを拒絶したこと、およびそのビジネスモデルは独占禁止法違反には当たらないと判断(地裁の違反判断を逆転)
- 概要: 「チップセットの供給を受けたいならSEPライセンス契約を飲め」というQualcommのビジネスモデル(No License, No Chips)が市場競争を阻害しているかが争点となったが、控訴裁は「これは特許法上の問題であり、独禁法が処罰する市場破壊ではない」とした。
- 意義・ポイント: 米国における「独禁法によるSEP行使への介入」に急ブレーキをかけた。Qualcommの完成品ベースのライセンスモデルが事実上容認される格好となった。
- 重要度: ★★★★☆
13. Nokia (原告) v. Daimler (被告) (2020年8月)
- 訴訟地: ドイツ(マンハイム地方裁判所)
- 結論: Nokiaの差止請求を容認。Daimlerが部品メーカー(Continental等)にライセンスさせるよう求めた抗弁(License to All)を退けた
- 概要: 自動車の通信接続に関し、車体メーカーがライセンスを受けるべきか、部品メーカーか(Access for All vs License to All)が最大の本質的争点となった。裁判所は権利者にサプライヤーへのライセンス提供義務まではないと判断し、完成車メーカーへの差し止めを認めた。
- 意義・ポイント: SEP紛争がスマートフォン業界から自動車などの異業種(IoT分野)へ完全に拡大したことを象徴する超大型訴訟。
- 重要度: ★★★★★
14. Conversant (原告) v. Huawei / ZTE (被告) (2020年8月)
- 訴訟地: イギリス(最高裁判所)
- 結論: Unwired Planet事件と併合審理され、英国は不適当フォーラム(Forum non conveniens)ではなく、グローバルFRANDを扱う国際的管轄を有すると確定
- 概要: 中国企業側が「中国市場の特許数や販売数が圧倒的なのだから、中国の裁判所で争うべき」と主張したが、英国最高裁は「グローバルライセンスを効率的に扱える英国が適当である」と退けた。
- 意義・ポイント: 英国のグローバル料率決定権を揺るぎないものとし、他国(特に中国)との本格的な「国際管轄権争い」の火蓋を切ることとなった。
- 重要度: ★★★★☆
15. Sharp (原告) v. Daimler (被告) (2020年9月)
- 訴訟地: ドイツ(ミュンヘン地方裁判所)
- 結論: DaimlerのFRAND抗弁を退け、SharpのLTE SEPに基づく差止請求を認容
- 概要: Nokia事件に続く自動車SEP訴訟。ドイツの裁判所は一貫して、Daimler側の「サプライヤーにライセンスを求める権利」を否定し、差し止めという強力な武器を権利者に与えた。
- 意義・ポイント: 自動車SEP紛争におけるドイツでの「一発差し止めリスク」を強く印象づけ、その後のAvanci等のパテントプールへの自動車メーカーの大量参加(包括和解)を決定づけた。
- 重要度: ★★★★☆
【まとめ】2020年までのSEP訴訟の潮流:秩序の構築と主戦場の拡大
時代背景の総括:揺り戻しの2020年 2010年代は「実施者(メーカー)保護」の傾向が強く、SEPでの差し止めは困難とされていましたが、2020年のドイツ(Sisvel判決)や英国最高裁判決により、不誠実な実施者を厳しく制限する「権利者保護」への揺り戻しが起きたタイミングでした。
- 「交渉プロセス」のルール化(Huawei v. ZTE基準の確立)
2010年代前半まで、SEPに基づく差止請求は「権利の濫用」かどうかが曖昧なまま争われていましたが、欧州の『Huawei v. ZTE (2015年)』により、双方が守るべき具体的なステップが可視化されました。抽象的な議論から「プロセス重視」の時代へとシフトし、日本の特許庁のガイドラインなどの雛形となりました。
- 司法による「FRAND料率算定」の本格化
『Microsoft v. Motorola (2013年)』を皮切りに、裁判所自らが数学的・経済的な「トップダウン方式」や「比較対象契約分析」を用いて具体的な数字を弾き出す実務が定着・洗練されていきました。
- 「グローバル・リングマスター※」英国の台頭と管轄権争い
特許の属地主義を越え、一国の裁判所が全世界の包括ライセンス料を決める権限を英国最高裁が宣言したことで、訴訟の主戦場がシフト。これに対抗する中国などの間で、他国での訴訟を禁止する「反訴訟差止(ASI)」の応酬といった司法の衝突が始まりました。
※英国特許侵害訴訟を起点に、FRAND契約上のグローバル条件を事実上確定し得るという意味
- 通信業界から「異業種(自動車等)」への戦火の拡大
『Nokia v. Daimler』に代表されるように、ターゲットがスマホからコネクテッドカーへとシフト。「サプライチェーンのどの階層(部品か完成車か)でライセンスすべきか」という新たな対立軸が浮上しました。
あわせて読みたい


【完全版】【SEP戦略の要諦】標準必須特許を巡るグローバル潮流と交渉戦略の体系的理解
SEPはもはや一部の通信企業だけの問題ではなく、あらゆるモノが繋がる現代ビジネスの共通課題です。技術の標準化が進む中、これらの権利関係を深く理解しておくことは、…
