IoT時代になり、通信事業者だけでなく、自動車、スマート家電、建設機械など、あらゆるモノをネットにつなぐ「マルチコンポーネント製品」を扱う企業にとって、標準必須特許(SEP)のライセンス交渉は、避けて通れない課題になっています。
「FRAND条件(公正、合理的、非差別的)というけれど、具体的に、ライセンス料は、どう計算されるのか」「サプライチェーンのどの段階で、いくら払うべきか」。この記事では、ライセンス料が決まるルート、算定の方法(トップダウン、比較)、課金モデル、公表レートと実際の契約の差、サプライチェーンの主体の論点、権利消尽と二重取りまでを、整理します。
本記事は、一般的な情報提供で、法的助言ではありません。SEPのライセンス料は、国、裁判所、事案によって異なり、動きの速い分野です。料金は、変更されることがあります。具体的な案件は、専門家にご相談ください。
この記事でわかること
- ライセンス料が決まる三つのルート
- トップダウン方式と、比較方式(コンパラブル)の考え方と、使い分け
- 算定基礎(EMVとSSPPU)と、寄与率
- 製品課金、サービス課金、コンテンツ課金の違い
- プールの分配と、裁判のシェアの違い
- 公表レートと、実際に締結されるレートの差
- サプライチェーンの主体(LTAとAFA)と、権利消尽、二重取り
用語集(先にここだけ読んでもOK)
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| FRAND | 公正・合理的・非差別的な条件でライセンスするという、特許権者の宣言 |
| トップダウン方式 | 規格全体の累積ロイヤルティを設定し、権利者の特許のシェアを掛けて、個別の料率を出す方法 |
| 比較方式(コンパラブル) | 市場で実際に締結された、類似のライセンス契約を、ベンチマークにして、料率を出す方法 |
| アンパッキング/リパッキング | 比較対象の契約から、特殊な要因(割引、過去分の精算、クロスライセンスなど)を取り除き(アンパック)、今回の当事者に合わせて、再調整(リパック)すること |
| ロイヤルティ・スタッキング | 多数の権利者のロイヤルティが、積み重なって、全体の負担が大きくなること |
| 過剰宣言 | 実際には必須でない特許が、標準化団体に、多めに宣言されること |
| 公表レート(プログラムレート) | 権利者やプールが、公表している、標準のライセンス料 |
| 実効レート | 個別の契約で、実際に支払われる、割引などを反映した、ライセンス料 |
| LTA(License to All) | 経済産業省の整理では、権利者は、取引段階にかかわらず、希望するすべての者に、ライセンスしなければならないという考え方 |
| AFA(Access for All) | 権利者が、完成品メーカーなど、ライセンスの相手の段階を選べるとする立場 |
| 権利消尽 | 特許権者から許諾を受けた者が、適法に販売した製品には、特許権の効力が及ばないという考え方 |
| 二重取り(ダブルディッピング) | 同じ特許について、サプライチェーンの複数の段階から、重ねて対価を得ること |
| Have-made権 | ライセンシーが、第三者に、自己のために製造させる権利 |
| 不提訴合意 | 一定の者に対して、特許権を行使しないという合意 |
1. ライセンス料が決まる三つのルート
SEPのライセンス料は、通常の特許のような、完全な自由価格では、ありません。権利者が、標準化団体(ETSIやIEEEなど)に対して、FRAND条件でライセンスすると宣言しているため、一定の枠組みの中で、決まります。
| ルート | 内容 |
|---|---|
| 二社間交渉 | 権利者と実施者が、直接交渉し、お互いのポートフォリオの価値や、クロスライセンスの有無などを加味して、合意する |
| 特許プール | 複数の権利者が、特許を持ち寄り、管理組織(AvanciやSisvelなど)を通じて、1台あたり〇ドルなどの、公表レートで、一括して、ライセンスする |
| 司法判断 | 交渉が、まとまらず、裁判所が、料率や金額を判断する。英国と中国では、グローバルなFRAND条件を決める裁判所の例がある。ドイツの裁判所は、通常、料率を決めず、侵害とFRAND抗弁の枠組みで判断する(2026年のSamsung v ZTEで、ミュンヘン地裁が、和解の金額を提案した例がある)。日本では、東京地裁が、2026年1月に、SEP訴訟とSEP調停の審理要領を公表し、調停などを通じた合意の促進を、重視している |
交渉や裁判の場では、トップダウン方式と、比較方式が、互いの検証(クロスチェック)として、使われます。

2. 二つの算定方法:トップダウン方式と、比較方式
2-1. トップダウン方式
計算の考え方
トップダウン方式は、ロイヤルティ・スタッキング(多数の権利者の対価が累積して、製品のコストを圧迫する問題)を避けるための手法です。
- 規格全体の、累積ロイヤルティ(総額の上限)を設定する。
- その総額のうち、権利者が持つ必須特許の、シェア(保有する必須特許の数の割合など)を掛けて、個別のライセンス料を出す。
個別のライセンス料 = 算定基礎(製品価格など) × 規格全体の累積ロイヤルティ率 × 権利者の特許シェア
計算例(架空)
以下の数字は、仕組みを説明するための、架空のものです。
| 項目 | 仮定 |
|---|---|
| 製品価格 | 600ドル |
| 規格全体の累積ロイヤルティ率(仮) | 4% |
| 権利者の必須特許のシェア(仮) | 10% |
| 結果 | 600ドル × 4% × 10% = 2.4ドル |
論点
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 累積ロイヤルティの総額 | 何を根拠に、総額を決めるか(業界の公表、過去のベンチマークなど)。総額の設定が、結果を大きく左右する |
| シェアの分母 | 過剰宣言を取り除いた、真に必須な特許の数を、分母にする必要がある。必須性の確認(クレームチャート、サンプリング)が必要 |
| 特許の質や価値 | 件数の比例だけでは、特許の価値の差を、反映できない |
| 感度 | 前提となる数字の、わずかな差で、結果が大きく変わる |
2-2. 比較方式(コンパラブル)
基本
比較方式は、市場で、実際に締結された、類似のライセンス契約を、ベンチマークにする方法です。ただし、他社の契約には、ボリュームディスカウント、地域差、過去分の精算、クロスライセンスによる相殺などが含まれるため、そのままでは、使えません。そこで、アンパッキング(特殊な要因の除去)と、リパッキング(今回の当事者に合わせた再調整)が、行われます。
英国の裁判所の傾向(確認できる例)
| 事案 | ポイント |
|---|---|
| InterDigital v Lenovo(高等法院、2023年) | 比較方式の分析が、料率を決める、主要な、ほぼ唯一の指標とされ、トップダウンの検証は、採用されなかった。一括金額は、約1億3,870万ドル(1台あたり約0.175ドル) |
| InterDigital v Lenovo(控訴院、2024年) | 比較方式が、最も信頼できると、確認。比較対象の一つが、ホールドアウト(実施者の引き延ばし)の影響を受けていたため、上方に調整し、1台あたり約0.225ドルに。トップダウンの検証は、比較方式と整合しない場合は、退けられるとした |
| Optis v Apple(控訴院、2025年) | 複数の契約を平均する方法を退け、最も信頼できる比較対象を選んで、アンパックし、1台あたり約0.15ドル(約5億200万ドル)と判断 |
| Samsung v ZTE(高等法院、2026年) | クロスライセンスのFRAND判断。ZTE自身のAppleとSamsungとのライセンスを、出発点とし、米国の制裁による交渉力の低下などの非FRAND要因を調整。トップダウンの検証は、前提への感度が高いとして、採用されなかった。一括金額は、約3億9,200万ドル(報道) |
英国では、比較方式が中心で、トップダウン方式は、検証として使われるか、退けられる例が、多く見られます。
比較対象の使い方の注意
- 非FRAND要因(資金難、制裁、ホールドアウトなど)が、あっても、直ちに、比較対象から、外れるわけではなく、調整(アンパッキング)で、対応する(InterDigital v Lenovo、Samsung v ZTE)。
- 比較対象のポートフォリオが、大きく異なる場合は、採用されない場合がある(Samsung v ZTEで、他のライセンサーの契約が、ポートフォリオの違いで、退けられた)。

2-3. 国・地域ごとの傾向
| 地域 | 傾向(確認できる範囲) |
|---|---|
| 英国 | 比較方式が中心。トップダウンは、検証、または退けられる |
| ドイツ | 通常、料率の決定は、行わない。2026年のZTE v Samsung(ミュンヘン地方裁判所)で、比較対象が不足するとして、トップダウン分析を行い、和解の金額を提案した(報道) |
| 中国 | 重慶の裁判所は、2023年のOPPO v Nokiaで、グローバルな料率を決定。2026年のSamsung v ZTEでは、トップダウン分析に重点を置いたと報じられた。事案による |
| 日本 | 経済産業省の令和2年(2020年)の考え方は、トップダウン方式を採用し、算定基礎の選択(SSPPUかEMVか)より、SEPの技術の寄与率を、基本とした。2026年1月の東京地裁の審理要領は、調停などを通じた合意の促進を、重視 |
2-4. 比較対象がない場合
新しい世代の通信技術(6Gの初期など)や、前例のない分野(農業、医療、スマートシティなど)では、比較対象が、少ない、または、ない場合があります。
| 補完的なアプローチ | 内容 |
|---|---|
| トップダウン方式へのシフト | 比較対象が不足する場合に、規格全体の総額から、算定する(2026年のミュンヘン地裁の例) |
| 既存のプールの公表レートの参照 | 公開されたプールのレートを、客観的なベンチマークの一つとして、議論の出発点とする |
| 前世代の技術からの対応づけ | 4Gや5Gの、同種の用途の料率を、ベースラインとし、新しい規格の技術的優位性(高速化、低遅延化)を、専門家の評価で、上乗せ・調整する |
3. 算定基礎:EMV、SSPPU、そして寄与率
| 考え方 | 内容 | 論点 |
|---|---|---|
| EMV(最終製品ベース) | 最終製品の価格などを基礎にする | 技術の価値が、製品全体に及ぶことを反映できる一方、特許と無関係な価値を含むという批判がある |
| SSPPU(最小販売可能特許実施単位) | 製品の最小の部品を基礎にする | 特許の貢献に近い単位で計算できる一方、部品の価格の決め方が課題 |
| 寄与率 | SEPの技術が、製品の価値のうち、貢献している部分の割合 | 経済産業省の整理は、本質的な問題は、SSPPUかEMVかではなく、寄与率に基づいて算定することだとしている |
世界共通の基準は、なく、国、裁判所、事案によって、異なります。

4. 課金モデルの違い:製品、サービス、コンテンツ
| 課金モデル | 計算の基礎 | 主な適用分野 | 特徴と実例 |
|---|---|---|---|
| 製品課金 | デバイスの販売台数(定額)、または製品価格の%(定率) | スマートフォン、自動車、通信モジュール、映像機器 | 出荷時に回収でき、実務の主流。実例:VCL Advanceの公表料金では、最初の10万台は無料、超える分は、1台あたり0.30ドル(先進国を中心とする地域)または0.20ドル、年間の上限は3,000万ドル(料金は、変更の可能性)。Avanciは、車両単位の定額(2023年の報道で、5Gは32ドル、早期は29ドル。4Gは最大20ドル) |
| サービス課金 | 通信を使ったサービスの売上、月額料金の% | スマートメーター、遠隔医療、運行管理 | ハードウェアが安価な場合に、製品課金では、十分な対価が得られないため、サービスの継続収入に連動させる考え方。事例は、分野ごとに異なり、公表されているものは、限られる |
| コンテンツ課金 | 配信されるコンテンツの価値、加入者数、視聴回数 | 動画ストリーミング | Access AdvanceのVideo Distribution Patent Pool(VDP)は、動画ストリーミングサービス向けで、HEVC、VVC、VP9、AV1を対象。Avanciも、動画のライセンス(Avanci Video)を、2026年に開始し、最初のライセンシーと料率を公表したと報じられた |
どの課金モデルが、最も大きくなるかは、分野と事案によります。通信特許(2G〜5G)の、スマートフォンでは、製品課金が、中心で、動画の分野では、コンテンツ課金(配信側への課金)が、論点になっています。IoTでは、ハードウェアが安く、サービスの価値が大きいケースがあり、課金の基礎を、どこに置くかが、今後の論点になります。
5. トップダウンのシェアと、プールの分配率
5-1. トップダウンのシェア(司法アプローチ)
裁判所が、トップダウン方式で、シェアを算定する場合、必須性の精査が、重要になります。標準化団体は、宣言された特許が、実際に必須かを、確認せずに、リスト化するのが、一般的です(特許庁の手引き)。過剰宣言を取り除き、真に必須の特許の数を、分母にする必要があります。
5-2. プールの分配
特許プールが、集めたライセンス料を、ライセンサーに、どう分配するかは、プールごとに、ルールが異なり、多くは、公表されていません。一般には、登録された特許の件数や、プールの必須性の確認を通った特許を、基準にする方法が、考えられますが、具体的な設計は、確認できる範囲では、限られています。
したがって、「裁判で認められる、真の技術的貢献度(シェア)」と、「プールから受け取る分配」は、必ずしも、一致しない可能性があり、権利者は、単独での回収(二社間)と、プールへの参加の利点(効率性、確実性)を、比較して、判断しています。
6. 公表レートと、実際に締結されるレートの差
6-1. ギャップが生じる理由
権利者やプールは、公表レート(プログラムレート)を、公開している場合があります。一方、個別の契約で支払われる実効レートは、公表レートと、異なる場合があります。主な理由は、次のとおりです。
| 理由 | 内容 |
|---|---|
| クロスライセンスの相殺 | 実施者が、権利者に、価値のある特許を提供する場合、お互いの価値を相殺し、現金の支払額が、下がる |
| ボリュームディスカウント | 出荷台数が大きいライセンシーに、割引が適用される |
| 早期契約・一括払い | 交渉の早い段階での契約や、過去分を含む一時金での支払いに、割引が設定される |
| 過去分の精算 | 過去の販売分の扱いで、条件が異なる |
6-2. 英国の裁判の例
InterDigital v Lenovo(高等法院、2023年)では、裁判所が、権利者の過去のライセンス契約を、アンパックして、分析しました。解説によれば、裁判所は、大幅なボリュームディスカウントが、規模の小さいライセンシーに対する差別になり、InterDigitalのプログラムレートは、FRAND料率の現実的な指標ではないと判断しました。
6-3. 値引きと「非差別的」の関係
「他社と同じ条件でなければ、非差別的に反する、だから、値引きはできない」という説明は、正確ではありません。英国最高裁(Unwired Planet、2020年)は、一般的NDの考え方を採り、ドイツの連邦通常裁判所(Sisvel v Haier、2020年)も、全員に同一の条件を求めるものではないとしています。ただし、客観的な理由のない不当な差別は、問題になり得ます。
実施者としては、権利者の公表レートを、そのまま受け入れず、他社の実効レート(公表された情報、裁判での開示)や、比較可能なライセンスを踏まえて、経済的な合理性を確認することが、大切です。
7. サプライチェーンの階層と、ライセンスの主体
7-1. 論点
製品が、完成品になるまでには、「半導体メーカー」から「モジュールベンダ」、「Tier1サプライヤー」、「最終製品メーカー(OEM)」へと続く、サプライチェーンがあります。誰が、ライセンスを受け、特許料を支払うかが、争われています。
| 立場 | 内容 | 主に主張する側 |
|---|---|---|
| LTA(License to All) | 権利者は、サプライチェーンの取引段階にかかわらず、ライセンスを希望するすべての者に、ライセンスしなければならない | 部品メーカー、自動車メーカーなど、実施者側 |
| AFA(Access for All) | 権利者が、ライセンスの相手の段階(通常は完成品)を選べる。サプライチェーンの他の者は、完成品へのライセンスなどを通じて、規格にアクセスできる | 権利者側 |
7-2. 双方の主張
| 権利者側(AFA)の主張の例 | サプライヤー側(LTA)の主張の例 |
|---|---|
| 一つの特許を、サプライチェーンの複数の段階に、重ねてライセンスすることは、消尽の考え方と、なじまない(Nokiaの意見書) | 完成品へのライセンスだけでは、サプライヤーは、自らライセンスを得られず、「ライセンスなしの、アクセス」にとどまる(Continentalの意見書) |
| 完成品の段階が、販売数量や価格が明確で、管理の負担が少ない | 差止めによる供給の途絶を、避けたい。完成品メーカーは、ライセンス交渉の専門性が、限られる場合がある |
| 完成品へのライセンスと、Have-made権で、サプライヤーも、保護される | Have-made権は、サプライヤー自身の、他の顧客への販売までを、カバーするとは、限らない |
7-3. 現在の状況:確定していません
| 地域 | 確認できる動き |
|---|---|
| 日本 | 経済産業省は、令和2年(2020年)4月21日の考え方で、LTAの考え方を示した(法的拘束力はない) |
| 米国 | 第9巡回区控訴裁(FTC v. Qualcomm、2020年)は、独占禁止法上の判断で、権利者が、ライセンスの相手を選べるとする見方に近いと評される。第5巡回区控訴裁(Continental v. Avanci、2022年)は、部品メーカーに、憲法上の原告適格がないとして、訴えを退けた(本案には、立ち入っていない) |
| ドイツ | 2020年のNokia v. Daimlerなどで、完成車メーカーへの差止めが認められた。EU司法裁判所への付託は、2021年の和解で取り下げられ、判断は、示されていない |
| 英国 | 2026年7月の最高裁(Tesla v. InterDigital・Avanci)は、プールのライセンスについても、英国の裁判所に、FRAND条件を判断する管轄があるとした(FRAND条件そのものは、今後の審理) |
自動車の分野では、Avanciが、完成車メーカーを相手に、車両単位でライセンスする実務が、広がっています。ただし、これは、実務の広がりであって、LTAとAFAの議論の決着では、ありません。契約や交渉では、誰が、ライセンスを取得し、費用を負担するかを、明確にしておくことが、大切です。

8. 完成品メーカーのライセンスと、モジュールベンダの立場
8-1. サプライヤーは、保護されるのか
完成品メーカー(OEM)が、権利者やプールと、包括的なライセンスを締結したとき、部品を供給するモジュールベンダやチップメーカーは、どう扱われるのでしょうか。
- 多くの場合、完成品メーカーの契約に、Have-made権(完成品メーカーのために、サプライヤーが、製造する権利)や、不提訴合意が、含まれます。権利者側は、これにより、サプライヤーは、完成品メーカーのための供給について、保護されると、説明しています。
- 一方、サプライヤー側は、この保護は、完成品メーカーのための供給に、限られ、サプライヤー自身が、ライセンスを得ることとは、異なると、主張しています。
- どこまで保護されるかは、個別のライセンス契約の文言によります。
8-2. 権利消尽と、二重取りの回避の違い
| 項目 | 権利消尽 | 二重取りの回避 |
|---|---|---|
| 内容 | 許諾を受けた者が、適法に販売した製品には、特許権の効力が及ばない(日本でも、適法に譲渡された特許製品について、特許権の効力が及ばないと解されている) | 同じ特許について、サプライチェーンの複数の段階から、重ねて対価を得ることを避ける考え方 |
| 発生する場面 | 権利者が、上流(モジュールベンダなど)に、ライセンスを付与し、その許諾に基づく部品が、販売された場合 | 権利者が、下流(完成品メーカー)から、すでに対価を得ている場合 |
| 効果 | 下流の完成品に対して、特許権を行使できない(法律上の効果) | FRANDの観点(公正・合理的な対価)や、競争法の観点から、問題視されることがある。具体的な効果は、事案と、契約による |
整理の表(イメージ):
| ルート | 流れ | 効果 |
|---|---|---|
| 上流ライセンス(権利消尽) | 権利者がモジュールベンダにライセンス、モジュールベンダが製品を販売、完成品メーカーが使用 | 許諾の範囲内で、特許権が消尽し、下流への請求が、できなくなる |
| 下流ライセンス(二重取りの回避) | 権利者が完成品メーカーにライセンス、モジュールベンダが部品を納入 | 上流からの重複請求は、回避すべきとされる(法律上の消尽ではない) |
日本の経済産業省や特許庁の文書が、二重取りの回避を、義務として明記している、という点は、今回の確認では、確認できませんでした。実務では、契約で、二重取りを防ぐ条項(重複する対価の、調整や、補償の範囲)を、明確にしておくことが、重要です。
8-2-1. 契約での確認事項
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 誰が、ライセンスを受けるか | 完成品メーカー、サプライヤー、プールのいずれか |
| 許諾の範囲 | Have-made権、不提訴合意の、対象、範囲、期間 |
| 二重取りの調整 | 上流と下流で、重複する対価が、生じない仕組みと、生じた場合の調整 |
| 補償条項との整合 | サプライチェーンの契約の、特許補償の責任が、上流と下流で、矛盾していないか(補償と、SEPの除外については、契約実務の記事を参照) |
9. 実務のチェックリスト
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 算定方法 | 比較方式とトップダウン方式の、どちらが中心か。国・裁判所の傾向を、確認したか |
| 算定基礎 | EMV、SSPPU、寄与率の、どれを基準に、交渉するか |
| 比較対象 | 比較可能なライセンスを、確認したか。非FRAND要因の調整は、必要か |
| 公表レートと実効レート | 公表レートを、そのまま受け入れず、実効レートを、確認したか |
| 必須性とシェア | 過剰宣言を、除いた、真に必須の特許の数を、確認したか |
| 課金モデル | 製品、サービス、コンテンツのいずれが、自社の事業に、合うか |
| ライセンスの主体 | 誰が、ライセンスを受け、費用を負担するか。契約で、明確にしたか |
| 権利消尽・二重取り | 許諾の範囲、Have-made権、不提訴合意、二重取りの調整を、確認したか |
| 国ごとの違い | 英国、ドイツ、中国、日本など、紛争の可能性のある国の傾向を、把握したか |
| 専門家 | 弁護士・弁理士・専門家(経済分析)に、早期に相談したか |
10. ケーススタディ(架空の例)
以下は、イメージをつかむための架空の例です。実在の企業・案件ではありません。
通信モジュールを製造する部品メーカーA社は、完成品メーカーB社に、モジュールを供給しています。SEPの権利者C社が、B社に、ライセンスを提示しました。
- C社の提示は、B社の完成品の価格に基づく、公表レートでした。B社は、公表レートを、そのまま受け入れず、C社が、他社と結んだ、実効レートの情報(公表された情報、比較可能なライセンスの開示)を、確認しました。
- B社は、非FRAND要因を除いた、比較可能なライセンスを、アンパックして、自社に合わせて、再調整した金額を、対案として、示しました。
- A社は、B社のライセンスに、Have-made権や不提訴合意が含まれるか、自社の他の顧客への供給にも及ぶかを、確認しました。
- A社とB社は、二重取りを防ぐ条項と、補償の責任の分担を、契約で、整理しました。
ポイントは、公表レートに、とどまらない、実効レートの確認、アンパッキングとリパッキングの考え方、ライセンスの主体と範囲の、契約での明確化です。
11. よくある質問(FAQ)
Q1. SEPのライセンス料は、どうやって決まりますか?
二社間の交渉、特許プール、司法判断の、三つのルートがあります。交渉や裁判では、トップダウン方式と、比較方式が、互いの検証として、使われます。
Q2. トップダウン方式と比較方式の、どちらが、中心ですか?
国・裁判所によって異なります。英国は、比較方式が中心です。経済産業省の整理は、トップダウン方式と、寄与率を、示しています。比較対象が、不足する場合に、トップダウン方式が、使われる例があります(2026年のミュンヘン地裁)。
Q3. 公表レートより、実際の契約の料率は、低いのですか?
多くの場合、割引、クロスライセンス、早期契約などで、公表レートより、低くなるとされますが、事案によります。裁判では、権利者の過去の契約が、アンパックされて、分析される場合があります。
Q4. 権利者が「値引きは、非差別的に反するから、できない」と言ったら?
非差別的は、全員に同一の価格を求めるものでは、ありません(英国の一般的ND、ドイツのBGHの判断)。ただし、客観的な理由のない不当な差別は、問題になり得ます。
Q5. AFAが、世界の標準ですか?
いいえ。LTAとAFAの議論は、確定していません。自動車の分野では、完成車メーカーを相手とするライセンスの実務が、広がっていますが、これは、議論の決着では、ありません。
Q6. 完成品メーカーが、ライセンスを受けたら、サプライヤーは、保護されますか?
契約に、Have-made権や不提訴合意が含まれる場合、完成品メーカーのための供給については、保護されることがあります。保護の範囲は、個別の契約によります。
Q7. 権利消尽と、二重取りの回避は、同じですか?
いいえ。権利消尽は、許諾を受けた者が適法に販売した製品に、特許権の効力が及ばないという、法律上の考え方です。二重取りの回避は、複数の段階からの、重複した対価を避ける、考え方です。
Q8. 比較対象がない場合は、どうなりますか?
トップダウン方式、既存のプールの公表レートの参照、前世代の技術からの対応づけなどが、補完的に使われます。
12. まとめ
- SEPのライセンス料は、二社間交渉、特許プール、司法判断のいずれかで、決まります。
- 算定では、比較方式とトップダウン方式が、互いの検証として使われ、英国は、比較方式が中心です。日本の経済産業省の整理は、トップダウン方式と寄与率を、示しています。
- 課金モデルは、製品、サービス、コンテンツがあり、どれが大きいかは、分野と事案によります。
- 公表レートと、実効レートは、異なる場合があり、実施者は、実効レートの確認と、比較可能なライセンスの分析が、大切です。NDは、同一価格を、求めるものではありません。
- サプライチェーンの主体(LTAとAFA)の議論は、確定していません。契約で、ライセンスの主体と範囲、権利消尽と二重取りの調整を、明確にすることが、重要です。
今後のウォッチポイント
- 英国最高裁の、Optis v Appleの判断
- Tesla v. InterDigital・Avanciの、プールのFRAND条件の審理
- 東京地裁の、SEP調停の運用の実績
- トップダウン方式を採用する裁判所の、広がり
- 動画、IoT、Wi-Fiなどでの、課金モデルの動き
参考資料
日本の政策文書・裁判所
- 経済産業省「マルチコンポーネント製品に係る標準必須特許のフェアバリューの算定に関する考え方」(令和2年4月21日):https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/pdf/008_s03_00.pdf
- 同・LTA、トップダウン、寄与率の整理の解説(アンダーソン・毛利・友常):https://www.amt-law.com/asset/res/news_2022_pdf/publication_0025200_ja_001.pdf
- 特許庁「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」(改訂版、2022年):https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/document/rev-seps-tebiki/guide-seps-ja.pdf
- 東京地方裁判所「標準必須特許に基づく特許権侵害訴訟の審理要領」(令和8年1月):https://www.wipo.int/wipolex/en/legislation/details/23894
- SEP訴訟の審理要領などの解説(西村あさひ、2026年3月):https://www.nishimura.com/sites/default/files/newsletters/file/intellectual_property_260311_ja.pdf
英国の判断
- InterDigital v Lenovo(高等法院、2023年):https://caselaw.nationalarchives.gov.uk/ewhc/pat/2023/539
- InterDigital v Lenovo(控訴院、2024年):https://caselaw.nationalarchives.gov.uk/ewca/civ/2024/743
- WIPO「InterDigital v Lenovo、控訴院の概要」:https://www.wipo.int/wipolex/zh/text/591818
- Wolters Kluwer「High Court demonstrates again its willingness to set FRAND rate」(比較方式が中心であることの解説):https://legalblogs.wolterskluwer.com/patent-blog/high-court-demonstrates-again-its-willingness-to-set-frand-rate-interdigital-v-lenovo/
- JUVE Patent「UK Court of Appeal orders Apple to pay more money to Optis」:https://www.juve-patent.com/cases/uk-court-of-appeal-orders-apple-to-pay-more-money-to-optis/
- Samsung v ZTE(高等法院、2026年):https://caselaw.nationalarchives.gov.uk/ewhc/pat/2026/999
- Bristows「Irides weekly global patent litigation update」(Samsung v ZTEの解説):https://inquisitiveminds.bristows.com/post/102mrqd/irides-weekly-global-patent-litigation-update
- JUVE Patent「UK judge Meade determines FRAND rate of $392m in Samsung vs ZTE」:https://www.juve-patent.com/cases/uk-judge-meade-determines-frand-rate-of-392m-in-samsung-vs-zte/
- ip fray「Munich I Regional Court judgment… ZTE v. Samsung」(ミュンヘン地裁のトップダウン分析):https://ipfray.com/?p=10425
- Cleary Gottlieb「UK and Chinese Courts Reach Divergent FRAND Determinations in Samsung/ZTE」:https://www.clearygottlieb.com/-/media/files/alert-memos-2026/2026_05_06-uk-and-chinese-courts-reach-divergent-frand-determinations-in-samsung-zte-dispute.pdf
ND(非差別的)
- Unwired Planet v Huawei(英国最高裁、2020年):https://www.supremecourt.uk/cases/docs/uksc-2018-0214-judgment.pdf
- Cleary Gottlieb「German Federal Court of Justice FRAND Judgment in Sisvel v. Haier」:https://www.clearygottlieb.com/-/media/files/alert-memos-2020/german-federal-court-of-justice-frand-judgment-in-sisvel-v-haier.pdf
サプライチェーンとライセンスの主体
- Oxford Business Law Blog「SEPs licensing across the supply chain: an antitrust perspective」:https://blogs.law.ox.ac.uk/business-law-blog/blog/2021/05/sep-licensing-across-supply-chain-antitrust-perspective
- Nokia(インド電気通信規制庁への意見書、2024年):https://trai.gov.in/sites/default/files/Nokia_31012024.pdf
- Continental(英国政府への意見書):https://assets.publishing.service.gov.uk/media/625009018fa8f54a92278985/Continental_Redacted.pdf
- Bird & Bird「License to all」の整理:https://www.twobirds.com/-/media/pdfs/news/articles/2021/global/ipeurope-license-to-all-draft-27-october-2020-(002).pdf
- Continental v. Avanci(第5巡回区、2022年)の解説:https://www.lit-antitrust.aoshearman.com/Auto-Parts-Supplier-Lacks-Standing-To-Bring-Antitrust-Claims-Against-Standard-Essential
- Tesla v. InterDigital・Avanci(英国最高裁、2026年)の解説:https://www.juve-patent.com/cases/uk-supreme-court-hands-tesla-landmark-win-in-avanci-5g-pool-licence-dispute/
料金・課金モデル
- China Daily「Avanci streamlining 5G patent pathways」(2023年の料金):https://epaper.chinadaily.com.cn/a/202312/11/WS65766194a31036711cce4a40.html
- Avanci「Avanci Wi-Fi」:https://www.avanci.com/wi-fi/
- ip fray「Avanci launches WiFi 6 Vehicle licensing program」:https://ipfray.com/avanci-launches-wifi-6-vehicle-licensing-program-mercedes-benz-is-first-licensee/
- Via LA(VCL Advance)「HEVC/VVC」の料金表示:https://www.via-la.com/licensing/hevc
- Access Advance「Access Advance Extends HEVC Advance Rate Increase Deadline」(VDPを含む):https://www.businesswire.com/news/home/20260126799824/en/Access-Advance-Extends-HEVC-Advance-Rate-Increase-Deadline
本記事について
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