標準必須特許(SEP)のライセンス交渉で、FRAND条件の「ND(Non-Discriminatory:非差別的)」は、最も解釈が分かれる言葉の一つです。「非差別的=全員に同じ価格を提示すること」と考えがちですが、各国の裁判所は、そのようには解釈していません。一方で、「何でも許される」わけでもありません。
この記事では、NDの位置づけ、英国とドイツの考え方の違い、代表的な事例、差別かどうかを判断する要素、権利者・実施者それぞれの実務を、初めての方にも分かるように、整理します。
本記事は、一般的な情報提供で、法的助言ではありません。 SEPを巡る裁判、制度、実務は、国や裁判所によって異なり、動きの速い分野です。具体的な案件は、専門家にご相談ください。
この記事でわかること
- NDの位置づけ(標準化団体のポリシー、競争法、契約)
- 「同一価格ではない」とされる理由
- 英国:「一般的ND」と「厳格なND」(Unwired Planet事件)
- ドイツ:競争法に基づく「不当な差別」(Sisvel v Haier事件)
- ボリュームディスカウントと差別(InterDigital v Lenovo事件)
- 比較可能なライセンスの考え方(Optis v Apple、Samsung v ZTE)
- 権利者・実施者の実務、契約条項への示唆
用語集(先にここだけ読んでもOK)
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| FRAND | 公正(Fair)、合理的(Reasonable)、非差別的(Non-Discriminatory)な条件でライセンスするという、特許権者の宣言 |
| ND(非差別的) | ライセンシーを、客観的な理由なく、不利に扱わないこと |
| 厳格なND(hard-edged ND) | 似た状況のライセンシーには、実質的に同じ条件を与えなければならない、という考え方。最恵待遇(MFN)に近い |
| 一般的ND(general ND) | 特許ポートフォリオの価値に基づく、一つのベンチマーク料率を、すべての似た状況のライセンシーに提示すればよく、他のライセンシーが、より有利な条件を得ていても、直ちに差別にはならない、という考え方 |
| コンパラブル(比較可能なライセンス) | 料率を決めるときの参考にされる、過去の類似のライセンス契約 |
| アンパック(unpacking) | 一括の契約(クロスライセンスなど)から、対象の特許の価値だけを、取り出して計算すること |
| ボリュームディスカウント | 販売数量に応じた割引 |
| 非FRAND要因 | ライセンスの条件が、交渉力の偏り(資金難、ホールドアウト、制裁など)によって、FRANDの水準からずれた要因 |
| ホールドアウト/ホールドアップ | 実施者が、ライセンスの合意を引き延ばすこと/権利者が、差止めの脅威で、過大な条件を求めること |
1. 要点
- NDは、「全員に同じ価格」を、求めるものではありません。英国、ドイツの最高裁レベルの判断は、この点で、共通しています。
- ただし、アプローチは、異なります。英国は、ベンチマーク料率を軸にした「一般的ND」。ドイツは、競争法の枠組みで、客観的な正当化の理由を、問います。
- 大幅なボリュームディスカウントは、規模の小さいライセンシーへの差別と判断される可能性があります(InterDigital v Lenovo、高等法院、2023年)。
- 比較可能なライセンスを使う場合、何が「同様の状況」か(ポートフォリオ、規模、時期、非FRAND要因)が、争点になります。
- 実務では、客観的な根拠の記録と、比較可能なライセンスの情報の扱い(秘密保持)が、大切です。
2. NDの位置づけ
| 枠組み | 内容 |
|---|---|
| 標準化団体のポリシー | ETSIなどの知的財産権(IPR)ポリシーは、特許権者に、FRAND条件でライセンスする意思の宣言を求める。一般に、NDは、FRANDの3つの要素の一つ(ETSIのポリシーは、一般に、フランス法に基づくとされる) |
| EU競争法 | EU機能条約第102条は、優越的地位の濫用を禁じ、その例として、同等の取引に、異なる条件を適用し、競争上の不利益を与えることを挙げる。ドイツの裁判所は、この枠組みで、NDを検討する |
| 契約・裁判所のFRAND判断 | 英国の裁判所は、ETSIの宣言を、契約の一種として、FRAND条件を、判断する |
| 日本 | 経済産業省の誠実交渉指針、特許庁の手引きは、交渉の手順と、客観的な根拠の提示に関する文書。NDを、単独で、争点とした確立した裁判例は、筆者の確認の範囲では、見つかっていません |
3. 「同一価格」ではない:共通の考え方
実務上、ライセンスの条件は、次のような客観的で合理的な差異によって、変わり得ます。
- 取引量、契約の時期、実施する地域、製品の範囲
- クロスライセンスの有無
- 市場や技術の変化
- ライセンシーが、交渉や支払いを、どう行ったか
ただし、どの差異が、どこまで認められるかは、国や事案によって、異なります。次章から、具体的に見ていきます。
4. 英国:「一般的ND」と「厳格なND」(Unwired Planet v Huawei)
4-1. 事案
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 当事者 | Unwired Planet(特許のライセンスを行う会社)とHuaweiなど |
| 背景 | Unwired Planetは、最終のトライアルの前に、Samsung(とGoogle)と和解し、Samsungは、値引きされた価格で、グローバルなライセンスを受けた。当時、Unwired Planetは、資金繰りが厳しい状況だったと、解説されている |
| Huaweiの主張 | 「Samsungと同じ(より低い)料率を、自社にも適用すべき」(厳格なND) |
| 裁判所 | 高等法院(2017年)、控訴院(2018年)、最高裁(2020年、[2020] UKSC 37) |
4-2. 判断のポイント
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| NDの性質 | 「一般的ND」。「公正、合理的、非差別的」は、一つの複合的な義務とされた |
| 内容 | 権利者は、似た状況のすべてのライセンシーに、**ポートフォリオの市場価値に基づく料率(ベンチマーク)**を提示すべき。ベンチマークより低い料率で契約するかは、権利者の自由 |
| 結論 | 他のライセンシー(Samsung)が、別の時期に、より低い料率を得ていても、Huaweiが、公正かつ合理的な料率で、提示を受けているなら、直ちに差別にはならない |
| 控訴院の補足 | SamsungとHuaweiのライセンスは、比較可能な取引。権利者の財務状況や、主観的な理由は、取引自体の特徴には当たらず、比較可能性を判断する要素ではないとされた |
| 理由づけ | 「厳格なND」を課さなくても、ホールドアップ(過大な要求)は、ベンチマーク料率で、防げる。料率が低いことを、実施者が、不利益に感じる理由はない(効果に着目した考え方) |
「最恵待遇(MFN)は保証されない」という整理が、よく紹介されますが、英国最高裁が、この言葉を使ったかは別として、厳格なNDが否定された点が、重要です。
5. ドイツ:競争法に基づく「不当な差別」(Sisvel v Haier)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 当事者 | Sisvel(特許のライセンスを行う会社)とHaier |
| 争点 | Sisvelは、Hisenseに対して割引を与えたが、Haierには、より高い条件を提示した。これが差別かどうか |
| デュッセルドルフ高等裁判所(2017年3月30日) | Sisvelが、客観的な理由なく、Haierを不平等に扱ったとして、差別と判断。優越的地位の濫用を認めた |
| 連邦通常裁判所(BGH、2020年5月5日、KZR 36/17) | 原判決を破棄。「ND」は、すべてのライセンシーに、同一の条件を提供することを、求めない(画一的な料金表(uniform tariff)は、不要) |
| 立証責任の整理(解説) | 権利者が、条件を説明し、差別に見える点の客観的な理由を、示す。実施者は、不当な競争上の不利益があることを、示す |
| 競争法の観点 | 判断は、関連市場で、競争上の不利益が生じているかに、焦点を当てる |
| 本件の評価(解説) | Hisenseへの条件は、中国政府からの圧力によるもので、比較の基準にならない、と評価された |
| 情報提供(報道) | BGHの口頭弁論では、権利者が、既存のライセンスの情報や、実施者を別に扱う理由を提供することが、期待される、と報じられた |
英国との比較:結論として「同一価格は、不要」という点は、共通です。ただし、ドイツは、競争法の枠組みで、客観的な正当化の理由と、立証責任の分担を整理しており、英国の「ベンチマーク料率」を軸にした整理とは、アプローチが異なります。
6. ボリュームディスカウントと差別(InterDigital v Lenovo)
6-1. 高等法院(2023年3月16日、[2023] EWHC 539 (Pat))
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 争点 | InterDigitalが、大口のライセンシーに与えた大幅な割引を前提に、**Lenovoにも高い料率(プログラム料率)**を求めたことが、FRANDか |
| 判断(解説) | 大幅なボリュームディスカウントは、規模の小さいライセンシーに対する差別になり、FRANDとは言えない。プログラム料率は、現実的なFRAND料率の指標ではない |
| 料率 | 一括金額 1億3,870万ドル(1台あたり約0.175ドル。2007年〜2023年の販売分)+利息 |
| 方法 | 比較可能なライセンスの分析を主、トップダウンの検証は、採用せず |
6-2. 控訴院(2024年7月12日、[2024] EWCA Civ 743)
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 結果 | 1台あたり約0.225ドルに引き上げ(一括金額は、約1億7,830万ドル+利息)。InterDigitalは、過去の販売分も含め、総額約2億4,010万ドルと、開示 |
| 理由 | 比較対象の一つ(LG 2017)が、ホールドアウトという非FRAND要因の影響を受けていた。上方に調整すべき(0.30ドル×調整係数0.75=0.225ドル) |
| その他 | 消滅時効は、FRANDの判断には、関係しない。Lenovoの控訴は、棄却 |
注意:控訴院による料率の引き上げは、非FRAND要因の調整によるもので、NDの判断枠組みを、改めて示したものとは、整理できません。
6-3. その後
InterDigitalとLenovoは、2024年10月に、すべての係争を終結させ、ICC(国際商業会議所)の拘束力のある仲裁で、新しいライセンスの条件を、決めることで合意しました。仲裁は、2024年11月に申し立てられ、2025年3月に仲裁廷が確認されました(InterDigitalの開示)。結果は、確認できていません。
7. 比較可能なライセンスと「同様の状況」
近年の英国の判断は、比較可能なライセンス(コンパラブル)を、料率を決める中心的な方法としています。このとき、何が「同様の状況」かが、NDの観点でも、重要になります。
| 事案 | ポイント |
|---|---|
| Optis v Apple(控訴院、2025年5月1日、[2025] EWCA Civ 552) | 高等法院の「複数のライセンスを平均する」手法を、否定。最も信頼できる比較対象を選び、アンパックして、1台あたり約0.15ドル(Appleの支払いは、約5億200万ドル)と判断。解説では、多くの他社が、確立した比較可能な料率で受け入れているのに、有利な条件を求める側は、NDとの整合性を含めて、説明する必要があると、指摘されている。英国最高裁の審理は、2026年6〜7月。判決は、確認できていません |
| Samsung v ZTE(高等法院、2026年5月1日、[2026] EWHC 999 (Pat)) | 英国で初のクロスライセンスのFRAND判断。ZTEのAppleとSamsungとのライセンスを、最も適切な比較対象としつつ、米国の制裁による交渉力の低下などの非FRAND要因を調整。他のライセンサー(ENI)の契約は、ポートフォリオが大きく異なるとして、採用せず。一括金額 3億9,200万ドル(JUVE Patentの報道) |
| 同じ紛争の他国の判断(報道) | 中国(重慶)は、ZTEの6年間で7億3,100万ドルの提案を、FRANDと判断。ミュンヘン地方裁判所は、ZTEの差止めを認め、5年間で約6億4,000万ドルの和解を提案。英国と他国で、結論が大きく異なる |
NDへの示唆:「似た状況」かどうかは、ポートフォリオの違い、規模、時期、交渉力の偏り(非FRAND要因)によって、変わります。どの裁判所で判断されるかによって、比較の仕方も、結論も、異なり得ます。
8. 国・地域の考え方の比較
| 項目 | 英国 | ドイツ | 日本 |
|---|---|---|---|
| 位置づけ | ETSIの宣言に基づくFRAND条件の一部。裁判所が、グローバルなFRAND条件を判断できる(Unwired Planet、2020年) | 競争法(優越的地位の濫用、EU機能条約第102条)の枠組み | 経済産業省の誠実交渉指針(2022年)、特許庁の手引き(初版2018年、改訂版2022年)。法的拘束力はなし |
| 「同一価格」の要否 | 不要(一般的ND) | 不要(画一的な料金表は、不要) | 確立した裁判例は、筆者の確認の範囲では、未確認 |
| 中心の考え方 | ベンチマーク料率(ポートフォリオの価値)。比較可能なライセンス | 客観的な正当化の理由。競争上の不利益があるか | 客観的な根拠の提示(第三者のライセンスの情報、プールの料率など)による交渉 |
| 立証 | 裁判所が、証拠に基づき、料率を判断 | 権利者が、条件を説明し、客観的な理由を示す。実施者が、不当な競争上の不利益を、示す | 指針は、権利者が、客観的な根拠を示すことを、期待 |
| 情報開示 | 裁判所が、証拠開示を通じて、比較可能なライセンスを確認 | 権利者が、既存のライセンスの情報を提供することが、期待される(報道) | 指針は、第三者のライセンスの情報などを、客観的な根拠として示すことを、例示(解説による) |
9. 何が「差別的」と評価され得るか:判断要素
以下は、判例や実務の考え方を踏まえた、一般的な整理です。個別の事案は、事実関係によります。
| 判断要素 | 考え方 |
|---|---|
| 「同様の状況」 | 取引の特徴(ポートフォリオ、販売規模、対象製品、地域、時期)で判断。権利者の財務状況や、主観的な理由は、比較可能性を判断する要素とは、されない(英国控訴院) |
| ボリュームディスカウント | 大幅な割引が、規模の小さいライセンシーに、不利益を与える場合は、差別と判断され得る(高等法院)。割合の確立した基準は、ない |
| 客観的な割引の理由 | 管理コストの削減、早期契約のインセンティブなど、経済的に説明できる理由が、必要になり得る(ドイツのBGHは、客観的な理由の提示を、権利者に求める方向) |
| クロスライセンス | 実施者が、価値のある特許を提供する場合、その価値を、対価と相殺することは、条件の差を説明する理由になり得る。特許の価値の評価が、争点になる |
| 時期の違い | 別の時期の契約の条件との差は、直ちに差別とはならない(英国)。ただし、技術の普及や、代替技術の登場など、市場の変化で説明できるかが、焦点 |
| 非FRAND要因 | 過去の契約が、ホールドアウトや制裁などの影響を受けていた場合は、調整して、比較に使う(InterDigital v Lenovo、Samsung v ZTE)。非FRAND要因が、あるからといって、比較対象から、外れるわけではない |
| 特別な事情 | 例えば、政府の圧力による契約は、比較の基準にならない場合がある(ドイツの事案の解説) |
| 特許プール | プールは、画一的な条件(車両あたりの定額など)で、提供する例が多い。早期契約の割引(Avanciの5Gで、1台あたり32ドル、早期は29ドルと、2023年に報じられた。現在は、変わっている可能性)など、条件の差を設ける例もある。これらが、NDの観点で、どう評価されるかは、個別に検討が必要 |
10. 実務の考え方
10-1. 権利者の側から
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 条件の差の理由 | 条件の差(割引、時期、クロスライセンス)の客観的な理由を、記録する。後の紛争で、説明できるように |
| ライセンスのプログラム | 標準の条件(プログラム)を、設け、例外の基準(数量、早期契約など)を、明確にする |
| 情報の提供 | 実施者に、比較可能なライセンスの情報(秘密保持の下で)を、示せるように、準備する |
| 事案の整理 | 大口の割引が、後続の交渉の基準として、不利にならないか、社内で整理する |
| 国ごとの違い | 英国、ドイツなど、どの裁判所で、争われる可能性があるかを、考慮する |
10-2. 実施者の側から
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 比較の材料 | 権利者の過去のライセンスについて、公表された情報(決算の資料、訴訟の資料、仲裁の公表、プールの料率など)から、市場の水準を、確認する |
| 情報の請求 | 権利者に、比較可能なライセンスの情報(秘密保持の下で)を、書面で請求し、その経緯を記録する |
| 主張の組み立て | 大幅な割引が、規模の差だけでは、説明できない場合に、差別を主張する余地がある。ただし、他の要因(クロスライセンス、時期、非FRAND要因)を、権利者が、主張する可能性を、考慮する |
| 誠実な交渉 | NDを、争う場合も、FRAND条件でライセンスを受ける意思を、一貫して示す(日本の経済産業省の指針、英国・ドイツの判断で、いずれも実施者の態度が重視される) |
| 国ごとの違い | どの国の裁判所を、使うかで、NDの扱いが異なり得る |
10-3. 契約条項への示唆
| 条項 | 内容 |
|---|---|
| 最恵待遇(MFN)条項 | ライセンス契約に、「他のライセンシーに、より有利な条件を与えた場合は、同様に適用する」という条項を、契約で、定める方法がある。NDの判断とは別に、契約上の権利として、交渉できる。範囲(対象の条件、期間、比較の対象)を、明確にする |
| 見直し条項 | 契約の期間中に、比較可能なライセンスの条件の変化があった場合の、条件の見直し(再交渉)を、定める |
| 開示条項 | 第三者のライセンスの条件の、秘密保持の下での開示の範囲を、定める |
| 紛争解決 | ライセンス条件を、仲裁で決める場合(InterDigitalの例)、FRANDの基準(NDの扱いを含む)を、付託の合意で、明確にする |
11. ケーススタディ(架空の例)
以下は、イメージをつかむための架空の例です。実在の企業・案件ではありません。
SEPの権利者A社は、実施者B社に、ライセンスの条件を提示しました。B社は、A社が、大手のC社に、大幅な割引を与えたと聞き、「自社に提示された条件は、差別的だ」と考えました。
- B社の対応:A社に、比較可能なライセンスの情報(秘密保持の下で)を、書面で請求し、FRAND条件でライセンスを受ける意思を、一貫して示しました。また、公表された情報(C社の決算の資料など)から、市場の水準を、整理しました。
- A社の対応:割引の理由として、数量、クロスライセンスの対価、早期の契約を、客観的な根拠とともに、説明しました。
- 結果:両社は、割引の理由の一部(クロスライセンスの価値)は、認めつつ、数量割引の幅を、縮小する条件で、合意しました。
ポイントは、**「客観的な根拠の提示」「情報の請求の記録」「意思の維持」**です。どの裁判所で争われるかによって、評価の仕方が異なり得る点にも、注意が必要です。
12. 実務のチェックリスト
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| NDの前提 | 「同一価格」は、求められないが、客観的な理由が、必要になり得ることを、理解しているか |
| 国ごとの違い | 英国(一般的ND、ベンチマーク)、ドイツ(競争法、客観的な正当化)のアプローチの違いを、把握しているか |
| 「同様の状況」 | ポートフォリオ、規模、時期、非FRAND要因を、整理しているか |
| 割引の理由 | 割引、クロスライセンス、時期の差の客観的な理由を、記録しているか |
| 比較の材料 | 公表された情報(決算、訴訟、仲裁、プール)を、確認したか |
| 情報の請求・開示 | 比較可能なライセンスの情報の請求・開示の手順と、秘密保持を、整えたか |
| 誠実な交渉 | FRAND条件でライセンスを受ける意思を、一貫して示しているか(実施者) |
| 契約条項 | MFN条項、見直し条項、開示条項を、検討したか |
| 専門家 | 弁護士・弁理士に、早期に相談しているか |
13. よくある質問(FAQ)
Q1. 「非差別的」とは、全員に同じ料率を提示することですか?
いいえ。英国最高裁も、ドイツのBGHも、全員に同一の条件を、求めるものではないとしています。ただし、客観的な理由のない不当な差別は、問題になり得ます。
Q2. 他社が、自社より低い料率で契約していたら、差別ですか?
直ちに差別とは、なりません。英国では、一般的NDの考え方により、自社にベンチマーク料率が提示されているなら、他社が別の時期に低い料率を得ていても、差別とは、されません。ドイツでは、客観的な正当化の理由の有無が、検討されます。
Q3. 大口の割引は、認められますか?
割引そのものが、否定されるわけではありませんが、大幅な割引が、規模の小さいライセンシーに、不利益を与える場合は、差別と判断される可能性があります(InterDigital v Lenovo、高等法院)。割合の確立した基準は、ありません。
Q4. 英国とドイツで、NDの考え方は、同じですか?
結論(同一価格は、不要)は、共通ですが、アプローチは、異なります。英国は、ベンチマーク料率を軸にし、ドイツは、競争法の枠組みで、客観的な正当化の理由と立証責任を、整理しています。
Q5. 日本では、NDは、どう扱われますか?
経済産業省の誠実交渉指針、特許庁の手引きは、交渉の手順と、客観的な根拠の提示を、示しています。NDを、単独で、争点とした確立した裁判例は、筆者の確認の範囲では、見つかっていません。
Q6. 比較可能なライセンスの情報は、どう入手しますか?
公表された情報(決算の資料、訴訟・仲裁の公表、プールの料率)や、秘密保持の下での、権利者からの開示が、考えられます。訴訟になれば、裁判所が、証拠開示を通じて、確認します。
Q7. 契約で、最恵待遇を、求められますか?
契約の条項として、交渉できます。ただし、NDの判断とは、別の、契約上の権利です。対象の条件、期間、比較の対象を、明確にします。
Q8. 特許プールの条件は、差別になりませんか?
プールは、画一的な条件を、提供する例が多く、早期契約の割引などを設ける例もあります。これらが、NDの観点で、どう評価されるかは、個別の検討が必要です。英国最高裁(2026年7月)は、プールのライセンスについても、英国の裁判所に、FRAND条件を判断する管轄があると、判断しました(FRAND条件そのものは、今後の審理)。
14. まとめ
- NDは、「全員に同じ価格」では、ありません。英国(一般的ND)も、ドイツ(競争法の枠組み)も、同一の条件を、求めない点では、共通です。
- ただし、アプローチは、異なり、英国は、ベンチマーク料率、ドイツは、客観的な正当化の理由と立証責任を、軸にしています。
- 大幅なボリュームディスカウントは、差別と判断され得ます(InterDigital v Lenovo、高等法院)。ただし、控訴院の料率の引き上げは、非FRAND要因の調整によるものです。
- 比較可能なライセンスの分析では、「同様の状況」(ポートフォリオ、規模、時期、非FRAND要因)が、争点になります(Optis v Apple、Samsung v ZTE)。
- 実務では、客観的な根拠の記録、比較可能なライセンスの情報の扱い、国ごとの違いの理解、契約条項(MFN、見直し、開示)が、大切です。
今後のウォッチポイント
- Optis v Appleの、英国最高裁の判断(審理は、2026年6〜7月)
- Samsung v ZTEの、控訴や、他国の判断との関係
- InterDigital・Lenovoの、仲裁の結果と公表
- ドイツ、UPCでの、NDに関する判断
- 特許プールのライセンスの、FRAND(NDを含む)に関する、英国の審理(Tesla v. InterDigital・Avanci)
- 日本での、NDを争点とする裁判例の登場
参考資料
英国:Unwired Planet v Huawei
- Slaughter and May「Unwired Planet v Huawei – Supreme Court」(2020年11月):https://slaughterandmay.com/media/rqfbzcsf/unwired_planet_v_huawei_1965pdf.pdf
- 英国最高裁の判決文:https://www.supremecourt.uk/cases/docs/uksc-2018-0214-judgment.pdf
- Bristows「Report on UP CoA judgment」(控訴院、2018年):https://www.bristows.com/app/uploads/2020/08/2018.10.24-Report-on-UP-CoA-judgment.pdf
- Bristows「The Unwired Planet appeal and future issues」:https://www.bristows.com/viewpoint/articles/the-unwired-planet-appeal-and-future-issues
- Taylor Wessing「Unwired Planet v Huawei: non-discrimination」:https://www.taylorwessing.com/de/insights-and-events/insights/2018/11/unwired-planet-v-huawei-non-discrimination
ドイツ:Sisvel v Haier
- Cleary Gottlieb「German Federal Court of Justice FRAND Judgment in Sisvel v. Haier」:https://www.clearygottlieb.com/-/media/files/alert-memos-2020/german-federal-court-of-justice-frand-judgment-in-sisvel-v-haier.pdf
- National Law Review「It Takes Two to Tango」(BGHの判断の解説):https://natlawreview.com/article/it-takes-two-to-tango-german-federal-supreme-court-acknowledges-infringer-hold-out
- The IP Press「Sisvel v Haier, BGH, 2020」:https://www.theippress.com/2020/10/08/sisvel-international-s-a-v-haier-deutschland-gmbh-bgh-05-may-2020-kzr-36-17/
- IP Update「Landmark Decision in German FRAND Case」(口頭弁論の解説):https://www.ipupdate.com/2020/05/landmark-decision-in-german-frand-case
英国:InterDigital v Lenovo
- 高等法院判決(2023年):https://caselaw.nationalarchives.gov.uk/ewhc/pat/2023/539
- 控訴院判決(2024年):https://caselaw.nationalarchives.gov.uk/ewca/civ/2024/743
- IPWatchdog「UK Court Hands Down Key FRAND Ruling in InterDigital v. Lenovo」:https://ipwatchdog.com/2023/03/19/uk-court-hands-key-frand-ruling-interdigital-v-lenovo/
- Bristows「FRAND disputes」(ボリュームディスカウントと差別):https://www.bristows.com/expertise/litigation/frand-disputes/
- JUVE Patent「UK Court of Appeal: Lenovo must pay more money to InterDigital」:https://www.juve-patent.com/cases/uk-court-of-appeal-lenovo-must-pay-more-money-to-interdigital/
- National Law Review「UK Court of Appeal Increases FRAND Rate」:https://natlawreview.com/article/uk-court-appeal-increases-frand-rate-applies-it-outside-limitations-period
- InterDigital Form 10-K(2024年度):https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1405495/000140549525000011/idcc-20241231.htm
- InterDigital Form 10-Q(2025年6月期):https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1405495/000140549525000051/idcc-20250630.htm
- ip fray「InterDigital-Lenovo lawsuits dropped in favor of binding FRAND arbitration」:https://ipfray.com/?p=893
英国:Optis v Apple、Samsung v ZTE
- JUVE Patent「UK Court of Appeal orders Apple to pay more money to Optis」:https://www.juve-patent.com/cases/uk-court-of-appeal-orders-apple-to-pay-more-money-to-optis/
- IAM(Kappos・Liu)「Comparable licences in FRAND negotiations」:https://www.cravath.com/a/web/4XTnrSukgkLTTXFaf3EgBM/aT1ePq/comparable-licences-in-frand-negotiations_-a-principled-starting-point-for-valuation-iam.pdf
- Linklaters「FRAND at the UK Supreme Court: Optis v Apple」(2026年7月):https://www.linklaters.com/insights/blogs/digilinks/2026/july/frand-at-the-uk-supreme-court-optis-v-apple
- Samsung v ZTE(高等法院、2026年):https://caselaw.nationalarchives.gov.uk/ewhc/pat/2026/999
- Cleary Gottlieb「UK and Chinese Courts Reach Divergent FRAND Determinations in Samsung/ZTE」(2026年5月):https://www.clearygottlieb.com/-/media/files/alert-memos-2026/2026_05_06-uk-and-chinese-courts-reach-divergent-frand-determinations-in-samsung-zte-dispute.pdf
- JUVE Patent「UK judge Meade determines FRAND rate of $392m in Samsung vs ZTE」:https://www.juve-patent.com/cases/uk-judge-meade-determines-frand-rate-of-392m-in-samsung-vs-zte/
- ip fray「Munich I Regional Court judgment… ZTE v. Samsung」:https://ipfray.com/?p=10425
日本の政策文書
- 経済産業省「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」(2022年3月):https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/sep_license/good-faith-negotiation-guidelines-for-SEPlicenses-ja.pdf
- 同・4つのステップの解説:https://patent-revenue.iprich.jp/%E5%B0%82%E9%96%80%E5%AE%B6%E5%90%91%E3%81%91/5598/
- 特許庁「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」(初版2018年6月、改訂版2022年):https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/document/rev-seps-tebiki/guide-seps-ja.pdf
- 経済産業省「マルチコンポーネント製品に係る標準必須特許のフェアバリューの算定に関する考え方」(令和2年4月21日):https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/pdf/008_s03_00.pdf
- 同・LTAなどの整理に関する解説(アンダーソン・毛利・友常):https://www.amt-law.com/asset/res/news_2022_pdf/publication_0025200_ja_001.pdf
特許プール
- China Daily「Avanci streamlining 5G patent pathways」(2023年、料金の例):https://epaper.chinadaily.com.cn/a/202312/11/WS65766194a31036711cce4a40.html
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